長距離ランナーから無農薬りんご農園として農家に転身。感動してもらえるほどのものを作りたい!そんな想いからできた理想の無農薬りんごジュースとは - IN YOU MARKET|厳選オーガニックショップ-食品・コスメ・サプリ

長距離ランナーから無農薬りんご農園として農家に転身。感動してもらえるほどのものを作りたい!そんな想いからできた理想の無農薬りんごジュースとは - IN YOU MARKET|厳選オーガニックショップ-食品・コスメ・サプリ


長距離ランナーから無農薬りんご農園として農家に転身。感動してもらえるほどのものを作りたい!そんな想いからできた理想の無農薬りんごジュースとは

2019/10/16

近年、食への安全に対する意識が高まってきた反面、多くの農園が、次の代へ継げるかどうかという課題を背負っている。

今回は、その中でも100年以上続く農園を代々家族で守り、長距離ランナーから、無農薬リンゴ農園の園主として転身。

IN YOUにてオリジナルラベルの無農薬りんごジュースを出品してくださることとなった、
秋田県鹿角市にて奮闘する兎澤(とざわ)さんに、お話を伺った。

元々は長距離ランナー。自分にとって当たり前のことが、他の人を喜ばせられることに気づく。

元々は、祖父、そして両親が現在の畑を代々継いできていました。

りんごジュースもその頃からすでに作られていて、当たり前のように飲んでいたんです。

私自身は、長距離ランナーのとして、高校生時代、大学、そして実業団に所属するほど、若い頃はランナーとしてひたすら練習に励む日々でした。

ある時から三重県の会社に所属していたのですが、両親からよくりんごジュースが届き、変わらずずっと飲んでいました。
一人では飲みきれないほどの時もあったので、よくおすそ分けもしていたんです。

そうしたら、みんな「美味しい!」と言ってくれて。

大手自動車企業関連の会社に所属している時なんて、これを販売したい!と言ってくださる方までいました。

自分では、当たり前だと思っていたことを、こうやって気に入ってもらえて、喜んでもらえて。

そうしているうちに、徐々に地元を誇りに思うようになったんです。

祖父の他界。それを機に農園を継ぐことを決意。

そんな中、祖父が他界し、ランナーとしての将来なども考えながらも、喜んでもらえたこの味を守っていきたいと思い、継ぐことを決めました。

それが26歳の時です。

帰郷し、早速りんごづくりをスタートしました。

が、実家が農家だったとはいえ、ずっと実業団にいたので、もちろん農業の知識はほぼなく、失敗の連続。
むしろ、知らなかったから、チャレンジできたのかもしれませんね。
勉強し、思いつくことはとにかく試しましたが、ほとんどが失敗。
夏に全滅したことも。
挫折しそうになりましたが、それでも、少しずつ、一つずつ積み重ねていって、年ごとにわずかな成果が出てきたりするので、それが嬉しくって続けていました。

20代後半は試行錯誤の連続で、売れるようなものではないと思っていました。

周囲は、結婚したりこどもが増えたりしてきていたので、「こども用に欲しい」という方へ、おすそ分けしていたんです。

30歳頃には、その口コミが広がって、徐々に生産量も増えていきました。

理想のりんごができるまで、とことんこだわる日々。

そうやって広がっていく中で、お酒業界から引き合いが来たんです。

それも、業界にとってとても影響力のある、舌の肥えた方々からでした。

2010年頃には、ある大手航空会社からも、取り扱いたいとお願いされたこともありました。

しかし、その当時まだ理想のりんごは出来上がっておらず、かつ求められている量を作るのには限界があり、全て断ることとなったんです。

勿体無かったかもしれませんが、大事なのは美味しい無農薬りんご玉を届けること。
特に、生食の販売にこだわっていました。

この出来事は、りんご作りに自信をつける、とても良い機会でした。

美味しい生食の無農薬りんご玉を作るために奮闘。

無農薬りんごを生食で出したいと思って奮闘していましたが、ジュースの方が徐々に有名になっていきました。
当時すでに販売はしていましたが、直売も宣伝も一切していませんでした。

そこにはいろんな経験の積み重ねがあります。

例えば、こども時代の経験。
走ることが好きで、ランナーとして練習する場所が、畑近くの自宅近辺でした。
りんご畑では、農薬を40回ほど撒きます。
時々、走っている時に誰かが撒いているものが流れてくることがありました。
それを吸い込んでしまうので、気分が悪くなることもあったほど。
だから、農薬って嫌だなと、こどもながらに思っていました。

「美味しいりんごを作る」と簡単にいっても、非常に手間がかかり大変です。
また、どうせ作るなら、感動してもらえるほどのものを作りたいと考えていました。

私は日本酒が好きなのですが、良い銘柄は味だけでなく、その作り手の顔や想いが浮かび、より美味しく感じます。
そんなりんごを作りたい。
その一心で、頑張っていました。

そんな中起きた東日本大震災。
自然や生き物への敬意が芽生える。

試行錯誤の中、2011年に東日本大震災が起きました。

日常が一気に変わりました。

ゆっくりと秋田県でも日常を取り戻していきつつも、毎日流れる悲しいニュース。
逃げるように、電波の届かない山奥へこもったんです。

そして、今後の生き方を考えました。

人生で初めて野宿をしたのがこの時です。

たった2泊3日。

薪拾いをしていた時、熊の親子に出くわしました。

子連れは危険だと教えられていたので、もうダメだと思いましたが、その親子は何もせず、遠回りして、私を時折振り返りながら、いなくなりました。

この経験で、自然の「優しさ」「恐さ」「生命」について考えさせられたんです。

「今生きているだけで幸せ。震災の悲しいことを受け入れ、自然や生き物に敬意を持って農業をしよう」と。

結果、この頃から、登山と野宿が趣味になってもいます。

足掛け14年。ようやくできた理想のりんご玉。IN YOUにてオリジナル商品販売へ。

ようやく販売できるりんご玉が出来上がった頃には、農業を初めて14年が経っていました。

その頃に、IN YOUと出会い、ジュースの話をいただきました。

IN YOUの想いに共感し、販売を決めました。

そして、せっかく出すならと、デザインも新たに考えました。

当初は、デザイン会社にお願いしていましたが、なかなか思い通りには行かず、最終的には自分で作ったのがこのデザインです。
もちろん、デザインは専門ではありませんが、できることはまず自分でやろうと思ったからですね。
シンプルで他にはない感じに仕上がりました。
和紙を使ったのは、賞味期限スタンプの押しやすさと、こだわりが伝わるようにという想いが込められています。

現在は、生食は東京で1件、名古屋で1件、そして秋田で2件だけに卸していますが、このラベルの商品販売は、IN YOUが初めてです。

特別なことと思わないからこそ、一歩一歩。
忍耐強さが作り上げた安心の味。

一生懸命手間をかけて美味しいりんごを作る。
そして、それを無農薬で。
それは、続けていると特別なことではないと思ってきました。
みんな美味しくて安全なりんごを届けたいと頑張っているのは同じです。

私はまだまだ技術不足。

一生勉強だと思っています。

失敗したらまた頑張る。人に負けない努力をする。

これは、長距離ランナー時代に培われた忍耐力のおかげかもしれませんね。
そういう努力って、自分から伝えるのは大変だと思っています。
だから、こうやって伝えてくれる人がいるのは嬉しいですね。

作り手は4人とはいえ高齢化が進んでいる現状。
そして、挑戦が始まった今。

現在、加工場には全部で4人スタッフがいますが、皆徐々に高齢化してきました。

担い手不足はやはり課題ですね。

もし若手や担い手が増えれば、農地も増やせるので、結果生産量も増やせますよね。

また、新たな加工品も試作しています。

100年以上続く農園から、また新たな物語を作っていけるように、今後も頑張っていきたいです。

食の安全が叫ばれる中、農家が人生をかけて日々その安全を探求する。
それは、生半可な努力ではなし得ないことではあるものの、コツコツ積み重ねていくことで、唯一無二の感動を生む。
とはいえ減っている、良い担い手。

食の安全と、担い手不足改善は、切り離せない課題だろう。

ただ体に良いものを食すだけでなく、その背景にある生き様や想いを知り、消費者として何ができるのか。

こうして伝えていくことで、彼らのストーリーをもって、安心できる味が長く続いていってほしい。

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