東京の暮らしにすっかり疲れ果て、何もかも嫌になった時に先輩の一言で沖縄へ
僕は、もともと東京生まれの都会育ちです。
周りに自然がない環境で育ちました。
若い時は健康への意識は低くて、ジャンクフードであろうがなんだろうが気にせず食べていましたし、むしろそういう食生活が、当たり前でした。
気が付いた時には身も心もボロボロになっていて、すっかり病んでいました。
その当時、世の中への疑問なんかも結構あって、本当のことを知れば知るほど嫌になってしまったんです。
そういう現状から抜け出したいなと思っていた時に、先輩が僕の状態を見かねて、手を差し伸べてくれました。
「旅でもしてきたら?」と提案してくれたんです。
旅かあと思っていたら、その先輩が手書きで宝の地図的のようなものをくれたんです。
その地図は、どうやら沖縄のもので、「僕の友達がいるから、行ったらいい」と言われるがままに、その手書きの地図をもらって大金も持たず、わずかな資金を持って行ったんです。
地図を見ながらその場所に一人で行くと、そこはバーのような場所でした。
そしてそのバーの中には、先輩の友人にあたる人がいて、事の経緯を話したら、すぐに快く受け入れてくれました。
しばらくの間、その人のところでお世話になりながら仕事を手伝って暮らしていました。
でも「せっかく沖縄に来たのだから・・」と、もともと旅好きな僕としては、眠っていた旅への欲求もよみがえり、しばらくすると島を転々とするようになりました。
大都会から大自然に囲まれた離れ小島という両極端の地でのサバイバル生活
島で滞在、とは言っても、決してリゾートホテルに宿泊するような旅ではなく、ほぼサバイバル状態です。
いわゆる島にテントを張って生活しながら、食材は、
まあ、バイトなんかもしていたんですけれどね。
でも沖縄は案外面白くて、テントの中に僕がいたらいきなり人が来て、「うちで働かないか」と言われたりするんですよ。笑
都会ではちょっとあり得ないようなシチュエーションで人の温かさにも触れているうちに、そろそろ腰を据えたいなと思って、その後は宮古島に住むことにしました。
宮古島の住まいの目の前は畑│その流れで自然栽培農業を始めることに
腰を据えて住んだところの目の前は、畑でした。
そこで、自然な流れで、自分で畑をやり始めました。
これが僕にとって初めての農業体験でした。
そこで「野菜を自分で育てる」ということを経験したんです。
とはいっても、はじめは何もわからない状態なので、最初は、見よう見まねでしたが・・。
けれど、素人ながらにもタネをまいて世話をして、日に日に野菜が大きくなっていき、初めて葉物野菜を収穫して食べた時、それはもう、今までに食べたことがないほど、とても美味しくて。
感動は言葉で言い表せないほどでした。
そこから気がついた時には、本当にどっぷり農業にはまっている自分がいました。
植物なので、やはり欠かさず毎日面倒を見るじゃないですか。
面倒を見れば見るほど、どんどん、愛しくなってくるんですよね。
農業を続けるうち、不調が消え、自分の心身がいい状態へ変化していることに気がつく
毎日接していると、植物の力強さや土の感触や匂いを、敏感に感じ取れるようになりました。
植物を育てて収穫する、この原始的な行動が、自分にとっては人生の中でもピンときたんです。
植物の相手をすることによって、自然と繋がることができるんです。
不思議なんですけれど、自然と一緒のリズムを取れるようになるというか・・。
そして農業を続けるうちに自分の体と心が次第にいい状態へと変化していくことに気がつきました。
それまで都会でジャンクな生活をしていた時は、
そうしたよくある不調が、驚くほど全くなくなったんです。
また、単に体だけでなく、心の部分も大きく変わりました。
常にポジティブ状態で、都会にいた時のようにマインドを病んでしまうタイミングが一切なくなったんです。
「農業を通じて、食べ物の大切さや、食べ物それ自体が体になる」ということを実感して、そこから自分で育てて食すということへの意識が芽生えたんです。
気づけば、野菜を育てることが自然で必要不可欠なことになっていた
その頃には、「野菜を育てる」ということも、僕にとっては自然で必要不可欠なことになっていました。
野菜を育てる行為は、「単純に食料を生産すること」を意味しているのではありません。
やってみて、自然のリズムに同調することによる精神的部分に対するポジティブな影響はものすごいということがわかりました。
僕にとってはある意味、植物と生きる生活は、精神安定剤的な要素もあるのかもしれません。農業というと、商売的な要素が強く感じると思いますが、僕にとってはそれ以上のメリットがありました。
植物や土と触れ合うことで肉体的にも、精神的にも健康になっていったのです。
音楽活動と両立がしたくて、再度の引越し
しかし訳あって、その後は沖縄から出ることにしました。
沖縄から出た大きな理由は、音楽でした。
僕はもともと音楽活動が好きで、都会にいた頃はずっと音楽活動に明け暮れていました。
沖縄では農業中心の生活を送っていたのですが、一つ満たされない部分があるとすると、それは音楽でした。
音楽やアートは、それを聴いたり見たりして味わってくれる人がいないと成り立たないものだと考えます。
宮古島もそれなりに大きい島だが、やっぱり聴いてくれる人は限られていますし、音楽活動ができる場所も限定的。
活動を広げるためには必然的に外に出なくちゃいけなくなります。
音楽活動は、ライブ活動を頻繁にするので、あちこちエリアを転々と動き回らないといけないため、農業との両立が難しいんです。
音楽のことだけを考えるのなら東京で活動したい。
けれど、こういうスローライフは続けたい。
それから旅にも行きたい・・。
このように僕の中に明確なやりたいことがいくつかあったのですが、ちょうどタイミングよく借りていた家の大家さんが定年退職して帰ってくるという話があり、引っ越すことにしました。
生きることの意味と死ぬことの意味を本気で考えさせられたインド旅
ところで、僕自身はかつて、しょっちゅうバックパッカーみたいな感じで、アジアをメインに旅行に行っていました。
かつてタイ、カンボジア、インド、ネパールなど色々な国に一年ほど旅したこともあります。
これもまた、自分にとっては価値観を変えるほどの大きな経験でした。
環境や文化が違う場所に行くことで日本を客観的にも見れることが僕にとって大きな価値だったのです。
中でもインドはカルチャーショックを受けました。
インドは、常に、日常の中に死の香りがあるんです。
道端には手がなくなってしまった人も当たり前のようにいるし、今日や明日を生きるのに必死な貧困な人たちも大勢います。
ストリートチルドレンや物乞いなどにも頻繁に遭遇しますが、滞在するうちに、「単純にお金をあげるのがいいのかはわからないな。」という複雑な気持ちになりました。
なぜなら、今日食べる物にすら困ってる人が多い中、その瞬間に僕のお金をあげたところで、根本的には解決しない問題が多すぎるのです。
それに、彼らにお金をあげたこともありますが、渡した瞬間、まるで逃げるように去ってしまう光景を見てきました。
その点、鉛筆や食べ物をあげたり、チャイを奢ってあげたり、お金以外の物をあげるようにすると、言葉は通じなくても、その場にはコミュニケーションが生まれます。
渡した子どもにもパッと笑顔が表れるなど、自分なりに彼らと接する中で多くの気づきを得ることができました。
本当の豊かさ、本当の貧しさ。生きることの意味、死の意味。
明日を生きることもできない子どもたちが多く、死がとても身近な場所だけに、それ以来、このことを本気で考えさせられたのです。
その点、正直僕らが住んでいる日本は、恵まれていて 平和だな、と強く感じました。
東京から離れてみたことで、悪い部分だけではなくいい部分も見えるようになった
例えば東京。
都会なので、人がたくさんいて、多くの人の思いが集まっています。
人が多いという意味ではエネルギーも強い場所です。
色々な誘惑もあるので、自分なりの強い芯を持っていないときっと、足元すくわれてしまう場所。
自分の中に「実現したいこと」や、「やりたいこと」がないと、簡単に流されてしまう危険な場所でもあるわけです。
僕の周りにも、特にやりたいこともないのに、目的を持たず、なんとなく都内で生活しているうちに病んでしまった人が、たくさんいます。
ふと周りの人を見ると、都会で生活するには、
本当にやりたいこと ならいいのですが、そうではない場合、
都会は、やりたいことをする前に「生活をするためだけのお金」が、あっという間に消えていくので、気が付いた時には「いっぱいいっぱい」になってしまう傾向にあるのだと思います。
当時は、特に海外の生活や価値観を見てきた後の僕にとっては、
ただ、かつては東京に対して、このように正直、
決して悪いことばかりではなくて、例えばビジネスやクリエイティブなこと、そしてあらゆる人と出会うことなど、東京でしかできないことも色々ありますからね。
高濃度ビワの葉エキスを作った理由
ビワの葉エキスを作ろうと思ったのは、自分で使い出したのがきっかけ。
自分自身で手作りで常備薬のように使っていた万能エキスなので、皆様にもおすすめしたかったんです。
かれこれ10年以上前から使っていますね。
当時自然療法の本を読んでいたのですが、ビワの葉エキスのことが書かれていて、それがきっかけでしたね。
怪我、擦り傷、火傷などの怪我にエキスを塗り込んだり、肌トラブルにも塗ったり実に色々な方法で使っていました。
このエキスは大変高濃度なので、10倍以上薄めたりして使っています。
ベースがオーガニックのエタノールなので、殺菌・消毒にもご活用いただけます。
自然状態にある自然栽培の山梨のビワ葉とゆずに加え、沖縄の自然栽培の月桃などを使っています。
また、収穫はもちろん、洗いや抽出、調合など、全て、
自然栽培・バイオダイナミック農法へのこだわり│大事なのはネット上の情報ではなく、体験してみること
農業においては、バイオダイナミック農法が僕の今の主軸になっています。
自然栽培とバイオダイナミック農法を掛け合わせたような農法というのが正しいかもしれません。
農業は、その土地土地にマッチしたやり方があります。
どのような場所であれ、「自分の目で、その土地を見て、
自分で経験して体感して、自分の中で、真実を探すのです。
今はSNS・インターネット社会なのであらゆる情報を簡単に得られる環境ですが、情報が優位になりすぎている傾向も否めません。
ネット上で見ただけでは自分の内側に落とし込んでいることにはなりません。
知識を知恵に変えるためには、自分自身で体験する他、ないんですよ。
大事なのは、自分が実践して体験すること。
僕自身、色々な農法を体験したのですが、もっとも影響を受けたバイオダイナミックという農法に沿ってやっています。
バイオダイナミックとは、ドイツのシュタイナーによって提唱された方法で、天体の動きに合わせてその日に行う作業を決めてゆきます。
先にお伝えした、「食べるもので自分の体が作られる。」という基本がありますが、大事なのは質の部分です。
僕としては、生命力とエネルギーが高い野菜を作りたいという強い気持ちがありますので、その栽培方法にもこだわりがあります。
バイオダイナミック農法の大きな特徴としては、
また、天体の動きに合わせて作業をする暦には、
実際、僕自身、バイオダイナミック農法で育てたものと、
ここまで違うのか!とその歴然の差に衝撃を受けました。
その経験を通して、
そして、暦という点では、
それが、農事暦です。
国々により、それぞれの言い伝えがありますが、意外と農事暦って、理にかなっているのですよ。
かつて有機栽培をやってた時にもそれを痛感しました。
肥料を与えたりする時に、その使い方が上手じゃないと、すぐに虫がついてしまいます。
虫がついた理由を考えると、虫がいる意味もあります。
虫は基本的には生命力が弱いものにつくんです。
全く同じ植物でも、全然虫がつかない野菜が隣にあったりすることもあります。
虫は、土のバランスがよくなく、生命力が弱いものを食べる傾向にあるのです。
植物に対して僕が日頃感じることは、「つくづく人間と似ているなあ」ということ。
芽吹いたばかりの時は赤ん坊のように弱く、それなりに手間をかけないと生きていけません。
自然栽培では、多種多様な環境にすることも重要です。
最初から一つで育ててもうまくいかないんですよ。
周りに色々な植物があったほうがより成長する。
人間もそうですよね。
常に、人間社会の中で生きていて、いろんな人と接する事で 学び 成長していくじゃないですか。
決して、一人では、生きていけないというか。植物も多種多様な植物社会がある方が、イキイキとしていきます。
また、僕の持論として、土が植物にとって、人間に当てはめると腸内環境に近いものだと思っています。
土が良くないと元気にならないんです。
人間も腸内環境、腸内細菌が悪いと免疫が落ちますし、腸内環境を良くするには、食物繊維が必要です。
同じく土も、多種多様な微生物や菌がいて、その微生物や菌を元気にするには、草などの有機物、つまり食物繊維が必要です。
なので、雑草も取り除いてしまうのではなく、その場に置いておく事で、微生物や菌の餌になります。
逆に、化学肥料は、微生物や菌を殺してしまいます。結果、土は死に、さらに化学肥料が必要になり、また、そこで育つ植物は生命力がないので、虫が寄ってきます。
そして農薬を撒く、という悪循環になります。
人もまた、添加物や抗生物質という化学物質を摂取することで、腸内細菌が悪化します。
そして、免疫が落ち、病気になれば、薬を飲む、という悪循環になります。
土がよくて植物のエネルギーが強いと虫もつかなくなります。
よく言われる、「虫がつくから美味しい」というのは、違うと感じています。
バイオダイナミックで育った植物の強い生命力が感じられるパワフ
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